第11回は年金が今後抱える課題を説明して、「よく分かる年金特集」の7回シリーズを一旦結びたいと思います。
1. 年金制度改正法の成立
2025年6月に、年金制度改正法が国会で成立しました。法律の概要は、厚生労働省のWebサイトに掲載されています。
基礎年金の給付水準の底上げのところを抜粋します。
5. 将来の基礎年金の給付水準の底上げ
① 政府は、今後の社会経済情勢の変化を見極め、次期財政検証において基礎年金と厚生年金の調整期間の見通しに著しい差異があり、公的年金制度の所得再配分機能の低下により基礎年金の給付水準の低下が見込まれる場合には、基礎年金又は厚生年金の受給権者の将来における基礎年金の給付水準の向上を図るため、基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドによる調整を同時に終了させるために必要な法制上の措置を講ずるものとする。
この場合において、給付と負担の均衡がとれた持続可能な公的年金制度の確立について検討を行うものとする。
② ①の措置を講ずる場合において、基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額が、当該措置を講じなかった場合に支給されることとなる基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額を下回るときは、その影響を緩和するために必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
これまで「よく分かる年金特集」を読んでいただいた皆さんは、この文章で政府が何をしようとしているか分かるのではないでしょうか。
②については、NHKの報道によると、以下のような試算があるらしく、①の基礎年金の給付水準の底上げに関する措置を実施した場合に、基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額が、当該措置を講じなかった場合に支給されることとなる基礎年金の額及び厚生年金の額の合計額を下回る年齢層については、その影響を緩和する措置を講ずるようです。
年金受給額の増減に関する報道
厚生労働省が機械的に行った試算によりますと、この措置を直ちに実施し、平均寿命まで生きた場合、平均的な賃金で働く男性の年金受給額は、現在62歳以下の人は増加し、38歳以下の人は248万円増えるということです。
女性では、66歳以下で増え、38歳以下は298万円増加するとしています。
一方、男性は63歳以上、女性は67歳以上から減額となります。
2. 年金の将来はどうなるのか
それでは、この基礎年金の給付水準の底上げが実現すれば、当面、年金については安心でしょうか。前回説明した図を以下に再掲します。
この図のように、基礎年金と厚生年金の調整を同時終了することで、2036年の所得代替率を56.2%まで下げられて、将来の年金財政に不安はなくなるでしょうか。
そもそも、2004年から2026年までマクロ経済スライドが発動しなかったのはなぜだったでしょうか。

前回の「3 マクロ経済スライドの問題」で説明しましたように、これまで日本の経済状況が低調で、賃金が下落しておりマクロ経済スライドが発動できなかった期間、賃金の伸びが小さくて実際の調整(抑制)幅がスライド調整率を適用した調整(抑制)幅まで達しなかった期間が多かったものと考えられます。
それでは、これから2036年まではこういうことにならずに、順調に経済成長するでしょうか?
そうでなければ、これまでと同様にマクロ経済スライドは発動できずに将来の世代の年金の財源を想定以上に使用してしまうことにならないでしょうか。
以下の3.で述べるような年金を取り巻く環境はさらに過酷になっています。
賃金・物価の伸びが小さい場合、つまり、賃金・物価の上昇率<スライド調整率の場合に、調整後の改定基準がマイナスになる場合は、現在の制度では、前年度と同じ年金額(名目下限額)で据え置いていますが、この名目下限額を撤廃すべきではないかという議論もあります。
3. さらに深刻化する少子化
年金の将来像を考えるうえで、それを支える働き手を増やす意味でも、出生率が重要です。
上記の図はどのような出生率をベースに計算されているのでしょうか。
2070年の出生率については、高位:1.64、中位:1.36、低位:1.13のシナリオがありますが、上記の図はこの中位のシナリオに基づいて計算されています。
国立社会保障・人口問題研究所が2023年4月にまとめた将来推計人口では、2024年の出生率を1.27と見積もっていました。
ところが、厚生労働省が本年6月4日に発表した2024年の人口動態統計によると、2024年の実績値は1.15で最低を更新しました。
未来の人口は中位ではなく、低位で推移することが懸念されます。
そうすると、これからの年金は、上記の図の状態から、さらに悪化していく懸念があります。
4. 我々はどうすれば良いか、「自分年金」で自衛をしよう!
過去の経緯もあり、国民年金については、令和7年度は月額17,510円の保険料に固定されていますが、学生だろうが、社会人だろうが、医者だろうが、定額です。老後を迎えたとき、国民年金の基礎年金だけで暮らしていけるでしょうか。
「聞くのがこわい年金の話」ではありますが、現実を直視して個人で対応を検討しないといけないと思います。
厚生労働省も、想定外のデフレ経済が続いたり、出生率が下げ止まらなかったりして、年金制度の見直しに非常に苦労して取り組んでいますが、年金制度改革は選挙の鬼門と言われ、給付水準の引き下げなどは国会議員の理解も得ないと進められないため、限界もあるでしょう。
このような中では、年金の現状をしっかり勉強して、自分たちでできることをやるしかないと思います。
その意味で、公的年金に対して、個人で自衛するために「自分年金」を準備するために、「3階部分」を構成する個人型確定拠出年金(iDeCo)、さらにNISAなどが重要になります。
また、個人事業主の皆さんは年金の「1階部分」の基礎年金しかありません。
付加年金や自分で掛金を決めて積立・運用していける退職金制度である小規模企業共済などが重要になります。
皆さんのお役に立てるように、今後は、これらの「自分年金」について、なるべく分かりやすく説明していきます。
5. 結び
今回の国民年金、厚生年金を忙しい皆さんに分かるように、7回にわたって説明してきました。
改めて思うのは年金制度の複雑さです。
国民年金、厚生年金の仕組みを理解した上で、所得代替率、マクロ経済スライド、積立金などの内容を理解しないと「基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドによる調整を同時に終了させる」などと言われても、どういう意味があるのか分からないのではないかと思います。
新聞やテレビのニュースで解説して理解してもらえるようなレベルをはるかに超えています。
だからこそ、FPがこのような年金制度を含めた金融経済教育にしっかりとした役目を果たしていかないといけないと思います。
今後とも「みんなのライフプラン」にご期待ください。