ライフプラン検討に必要な社会保険、税金、投資、心安らぐお花の情報を発信します


第10回 なぜ年金財政は悪化したか、年金制度改正における厚生年金の国民年金の底上げへの流用批判について


今年の年金制度改正法の議論において、国民年金の給付水準を底上げするために厚生年金の積立金を使うのは流用ではないかというような指摘も起きました。

この問題はマクロ経済スライドという年金支給額を抑制する仕組みがこれまでうまく機能してこなかったことが原因の一つと考えられます。

健全な年金財政を維持するための非常に重要な手段であるマクロ経済スライドについて説明します。

それによって、なぜ年金財政が悪化してきたかを説明します。

今回も忙しい皆さんに分かりやすく説明していきます。

1. 氷河期世代の将来の年金への不安

厚生労働省が5年に1度、年金制度の長期的な見通しを確認する「財政検証」では、「所得代替率」を中心に検証します。

例えば、所得代替率50%といった場合は、そのときの現役世代の手取り収入の50%を年金として受け取れるということになります。

ここでいうモデル世帯の年金とは、平均的な収入で40年間就業した夫と専業主婦の妻の世帯が受け取る2人分の国民年金(基礎年金)と夫の厚生年金の合計額です。

この所得代替率は厚生労働省が非常に重視している指標ですが、現在、共働きの世帯も増えている中で、モデル世帯がこれだけで良いのかという議論があります。

また、所得代替率の分母が手取り収入額、つまり、税金や社会保険料が引かれた後の金額であるのに対して、分子が受給する年金の額面、つまり、税金や社会保険料が引かれる前の金額であることは注意が必要です。

分母と分子の基準がずれているので、その分、大きめの比率になります。もちろん、分子の国民年金については1人分ではなく2人分となっているということも注意が必要です。

政府は、この所得代替率の50%確保を一つの重要な目標と考えています。

そのような中で、2024年の財政検証で、同年の所得代替率である61.2%(2人分の基礎年金36.2%+夫の厚生年金25.0%)が、過去30年の経済状況が今後も続くと仮定した場合は、2057年の所得分配率が50.4%(2人分の基礎年金25.5%+夫の厚生年金24.9%)まで下がるという予測になりました。

正社員として就職することが困難であった氷河期世代の場合、これまで厚生年金保険に加入できていないかもしれません。

その場合は基礎年金しか頼りにできないかもしれず、2057年の所得分配率は夫婦の場合は25.5%、独身の場合はその半分の約12.8%となります。

氷河期世代の対策のためにも、基礎年金の底上げの検討が必要ということになったと考えられます。

2. どうして年金財政はこんなに悪化したか

厚労省の社会保障審議会の年金部会の資料の以下の図によると、2004年の財政検証では、同年の所得代替率は59.3%ですが、給付調整(つまり給付抑制)を17回発動し、2024年には所得代替率を50.2%まで下げることを予想していました。

しかし、実際には、給付調整が5回しか発動できず、所得代替率が61.2%まで上昇し、年金給付を予想通り下げられておらず、現在および将来に向けて年金財政に大きな負担となってきています。

3. マクロ経済スライドの問題

年金額は、賃金・物価が上昇するとそれに伴って増えていく仕組みになっていますが、少子高齢化の社会状況の中で、そのまま年金額を増やしていくと将来的に年金制度の運営が困難になる危険性があります。

このため、年金額の上昇に一定の制限をかけて調整(抑制)する仕組みがマクロ経済スライドであり、平成16年の年金制度改革で導入されました。

このマクロ経済スライドによって給付額を調整する期間のことを調整期間と呼びます。

調整期間の年金の改定率は、前年度の年金額に対して、以下のようになります。

調整期間における改定率

① 新規裁定者(67歳到達年度までの者)の改定率

 前年度の改定率×算出率

 =前年度の改定率×名目手取賃金変動率×スライド調整率

 →算出率が1未満のときは1とする

② 既裁定者(68歳到達年度(基準年度)以降の者)の改定率

 前年度の(基準年度以降の者の)改定率×(基準年度以降の者の)算出率

 =前年度の(基準年度以降の者の)改定率×物価変動率×スライド調整率

 →算出率が1未満のときは1、物価変動率>名目手取賃金変動率のときは名目手取賃金変動率とする

③ ①②の算出率は、前年度の調整の未実施分があるときは、さらに特別調整率を乗じたものとする

 少し難しいので、これを簡単に図示すると、賃金・物価の変動率に応じて以下のようになります。

①上の図の左のように、賃金・物価の伸びが一定程度ある場合、つまり、賃金・物価の上昇率>スライド調整率の場合は、年金の調整(抑制)幅はスライド調整率を適用した幅になります。

②上の図の真ん中のように、賃金・物価の伸びが小さい場合、つまり、賃金・物価の上昇率<スライド調整率の場合は、調整後の改定基準がマイナスになる場合は、前年度と同じ年金額(これを、名目下限額という)で据え置きます。

したがって、年金の調整(抑制)幅は、図中の「実際の調整(抑制)幅」になり、スライド調整率を適用した幅まで達しません。

③上の図の右のように、賃金・物価が下落した場合は、スライド調整は全く行われません。

2004年から2024年までの間に、マクロ経済スライドが当初想定していた17回ではなく、5回しかできなかったのは、日本の経済状況が低調で、③のような賃金が下落しておりマクロ経済スライドが発動できなかった期間や②のような賃金の伸びが小さくて、実際の調整(抑制)幅がスライド調整率を適用した調整(抑制)幅まで達しなかった期間が多かったものと考えられます。

4. 厚生年金より基礎年金の調整期間が長くなる理由

現在の給付調整の方針によると、2.の図によると、基礎年金のマクロ経済スライドの調整を行う調整期間は2057年、厚生年金のマクロ経済スライドの調整を行う調整期間は2026年となっています。

厚生年金の調整期間の方が短い理由については、厚生労働省によると、いくつか挙げられています。

その一つとして以下のようなものがあります。

賃金などが低下する経済状況となると、保険料収入は賃金の低下に応じて低下しますが、定額の基礎年金は賃金ほど低下せず、足下の所得代替率が上昇します。この結果、年金財政に悪影響を与えます。

一方、賃金を基礎に算定される報酬比例である厚生年金保険は、賃金が下がった見合いで将来の給付額も自動的に低下します。このため、財政影響を中期的に吸収することができ、足下での所得代替率の上昇も生じません。

このため、デフレ経済の悪影響は、基礎年金拠出金が収入の大部分を占める国民年金の財政をより悪化させ、基礎年金の調整期間が長期化し、将来の基礎年金の所得代替率を低下させることとなりました。

5. 基礎年金の底上げのための厚生年金積立金の流用との批判について

将来の基礎年金の給付水準の底上げのために考えられている方策は、2. の図にあるように、厚生年金のマクロ経済スライドの調整を行う調整期間を延ばし、基礎年金のマクロ経済スライドの調整を行う調整期間を短縮し、2036年に同時終了するものです。

こうすることによって、2057年の所得分配率が50.4%(2人分の基礎年金25.5%+夫の厚生年金24.9%)から、56.2%(2人分の基礎年金33.2%+夫の厚生年金22.9%)まで引き上げるというものです。

氷河期世代の場合、これまで厚生年金保険に加入できていなかったとしても、2057年の所得分配率は夫婦の場合は33.2%、独身の場合はその半分の約16.6%まで改善します。

この厚生年金のマクロ経済スライドの調整を行う調整期間を延ばすということは、第5回の「2. 国民年金の仕組み」のところで以下の図を説明しましたが、一番上と真ん中の資金の流れにおいて、マクロ経済スライドの調整期間を延ばして、その間、厚生年金給付(報酬比例年金など)の流れを抑制することで、基礎年金拠出金の流れを増やすというものです。

以下の図の厚生年金勘定等の中に年金を支払った後の保険料の残余からなる積立金がありますから、それを基礎年金の給付水準の底上げに使うと説明されていますが、積立金を使った後にその使用分を補填するために厚生年金給付を2036年まで抑制するということにも見えるのではないかと思います。

以下の図も、社会保障審議会の年金部会の資料です。

厚生年金勘定等の積立金から基礎年金の給付水準の底上げに使われるのは65兆円と見込まれています。

このうち、7兆円がいわゆる流用ではないかと批判がある部分ではないかと思います。

第5回でも述べましたが、長年、会社員で第2号国民年金被保険者だった方も退職して個人事業主になれば、第1号国民年金被保険者に移動します。

このように被保険者がその生涯の中で種別(号)をまたがって移動しても、積立金は移動しません。

また、厚生労働省の資料では、年金給付が大きくなった現在、保険料の残余はなく、現在の積立金は、過去の被保険者の保険料の残余が積み立てられ、運用で拡大してきたもので、厚生年金、国民年金の積立金は必ずしも今のそれぞれの制度の被保険者が積み立てたものではないと説明しています。

一方で、厚生年金のマクロ経済スライドの調整期間の延長が、厚生年金の被保険者のみならず、国民年金第1号被保険者の基礎年金の底上げにも使われた積立金使用分を補填する原資を生み出すために行われるものなのではないかというような指摘もあります。

次期財政検証の際に、基礎年金の底上げの議論をする際には、様々な疑問に丁寧に答えていく必要があるでしょう。

また、基礎年金の給付水準の底上げには、国庫負担としても65兆円が必要になります。この財源をどうするかについてもしっかり議論する必要があると思います。


PAGE TOP